日本の森林、その歴史を学ぶ「森林の荒廃→洪水」

地球環境 日本の森林、その歴史を学ぶ「森林の荒廃→洪水」
日本の森林、その歴史を学ぶ「森林の荒廃→洪水」

日本の森林、その歴史を学ぶ「森林の荒廃→洪水」

最近、森林の「水源涵養機能」に着目して、『緑のダム』という言葉が流布している。この語が使用されたのは、1975年の「林業同友」(日本林業同友会)掲載の「水資源の確保に『緑のダム』作戦」からといわれ、この段階では「緑のダム」=水不足の解消策という認識であった(蔵治、2004a)。その後、水需要増加の頭打ち傾向が明瞭となり、渇水の問題に関連して「緑のダム」が喧伝されることはほとんどなくなったが、替わって、コンクリートダムや可動堰建設の是非をめぐり、「緑のダム」への関心が高まり、「緑のダム」機能(水源涵養機能)がどの程度のものなのかをめぐる論争=「緑のダム」論争が活発に行われている。
しかし、「水源涵養機能」という事に関しての森林の機能論は、江戸時代前・中期まで遡る事ができることもよく知られている。徳川幕府成立後、日本各地で都市建設が盛んとなる中で、熊沢蕃山などの儒学者により、治山治水思想や森林の機能論が喧伝された。

例えば、熊沢蕃山〈元和5年(1619)~元禄4年(1691)〉の治山治水思想は、『宇佐問答』中の「山沢気を通じて流泉を出し、雲霧を発して風雨をなすものは、山川の神なる処なり。五日に一度風吹ざれば草木延らかならず。蟲つき病を生ず。十日に一度雨なくんば五穀草木の養ひ全からず。故に山川は万物生々の本、蒼生悠々の業、是に仍てあり。然らば山川は天下の本なり」に示され、さらに、蕃山は幕府の「諸国山川掟」(1666年)に先立って、岡山藩で治山治水思想を以下のように実践している。

1648年(慶安元年) 岡山藩で乱伐、切り株の掘り取りを禁止する法令を制定し、平田、竜口諸山の植林、各郡内の山に松の種を播く。
1654年(承応3年) 再び山林の無計画な伐採を禁ずる。
1656年(明暦2年) 領内の山に松を植えるように郡奉行に命ずる。

蕃山は「集義外書」で「今は草木を切りつくすのみならず。刈杭(切り株)まで掘申候。刈杭ほりたる山は、猶以て土砂多く、川中にながれ入り候。後に留め山(伐採を禁じた山)にしても、木の根ほりたる山は、五十年三十年にては草木も有つかぬものに候」と述べ、当時の森林の荒廃とその深刻な影響について指摘している。
1622年(元和8年)には、幕府が山林竹木の伐採などの規制を定めており、1638年(寛永15年)には関東山野巡検使が派遣されており、17世紀前期以降に、森林の荒廃→洪水という一定の図式化が成立したとも受け取れる。

緑のダム論争においては、「緑のダム」機能をめぐり、ダム推進側(「緑のダム」機能は無視できる)と反対側(「緑のダム」機能を重視する)が真っ向から対立する構図ができあがり、「緑のダム」機能を無視派は、森林の面積が変わらない以上、洪水のピーク流出量は変化しないと主張し、重視派は、たとえ同一面積でも、樹種、森林の伐採や植林、人工林の手入れ具合など森林の質・状態の違いによって洪水のピーク流出量は大きく変わり、森林の状態がよければ、場合によってはピーク流出量を20~30パーセント軽減する機能があると主張している(蔵治,2004b)。両者の主な論点は、蔵治(2004b)によって以下の様に整理されている。

日本の森林にはこの100年間大きな変化がないかどうか
治水計画は、森林の保水機能を前提に計画されているかどうか
森林のなかの地面が水を通す速度(浸透能)は雨の強さよりも十分大きいかどうか
森林は中小洪水には一定の効果を発揮するものの、大洪水のさいには洪水を緩和する機能は無視できるかどうか
森林の成長は樹木からの蒸発量を増加させ、渇水時には河川への流出量をむしろ減少させるかどうか

①について、蔵治(2004b)は、日本の森林面積率は、この100年間、65~67%の間を推移し、大きな変化がないが、それは見かけ上であり、日本の森林は、この100年間に空間的にも質的にも、大きく変化し、現在の日本の森林の40%を占める人工林のうち、かなりの面積の森林が荒廃しつつあり、そのことによって「緑のダ
ム」機能が劣化してきているとしている。

④については、蔵治(2004b)は、100年に一度の大雨でも、川へ出てくる水量には森林の有無により、有意な差が生じ、水量だけではなく、飽和するまでにかかる時間にも差が生じ、その分、洪水の発生が遅れ、ピーク流出量を下げる効果をもたらすことや、森林の「水を消費する機能」など森林は洪水に対して四重五重の軽減作用をもっており、それらが総合的に作用する結果、相当な大雨の場合でも、森林が洪水の軽減に一定の効果を発揮する可能性が高いので、「中小洪水には効果があるが、大洪水には効果は無視できる」と決めつけるのは早計ではないかとしている。但し、問題は、現時点での科学のレベルでは、森林が大洪水の軽減にどの程度の効果があるのかを、数値的に決定するのが難しいというところにあるとしている(蔵治,2004b)。

もともと、森林伐採は森林表層土の破壊をあまり起さない点が、他の土地利用と大きく異なるところであり、本邦では洪水流出と同義的とされる短期流出への森林伐採の影響評価は非常に困難とされてきた(小川,1992)。土壌を破壊することなく森林を伐採したときの、直接流出量とハイドログラフに起る変化の評価は、流域試験により行われ、数多くの結果があり、中野(1971)では直接流出量は1.5~2倍、ピーク流量は30~100%程度の増加を示す一方、部分的な表面流が発生しても、森林土壌の浸透能の高さによりハイドログラフの直接流出成分の増加につながらない場合がしばしばあるとされている(小川、1992)。従って、現時点では、森林の荒廃→洪水という図式は定式化されていないといえる。

出典:多摩川上流域における開発と水害 2005年  増渕 和夫 川崎市博物館振興財団日本民家園学芸員
愛知県豊田市の原生林 大雨の日であっても、川の水位にほとんど変化がない。コケの生え際が、この小川の水位の高さということになる。森が治水している。
植林地における皆伐(かいばつ)現場 原木を全て伐採してしまうことを皆伐という。
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